2007/12/31 月曜日

大晦日

Filed under: — yumi-sensei @ 9:00:00

今年の念頭にお約束したホームページを開設とブログデビューが、ギリギリ年内に間に合いホットしました。大分書き込みにも慣れてきたので、来年からはもっと幅広い内容で、興味を持って読んで頂けるようにしたいと思っています。

みなさまの、たくさんのご支援のおかげで、今年も無事終わります。ありがとうございました。

ご家族の健康とお幸せをお祈りいたします。

 

2007/12/30 日曜日

不妊治療

Filed under: — yumi-sensei @ 9:00:00

昨夜は、次男のママ友たちとの忘年会でした。夜中までカラオケで盛り上がり、治りかけていた喉が悪化し、また声が枯れてしまいましたが、すごく楽しかったです。 院長も次男を連れで、パパ友たちと宴会でした。子供たちを生めたことで、幸せが広がった私たちです。親になって23年過ぎても、あの日の感動を忘れることが出来ません。

結婚したら、すぐに子宝に恵まれると思っていたら、なかなかコウノトリは舞い降りてくれず、不妊治療を受けました。「もしも、どちらかに大きな障害が見つかったら、夫婦関係にヒビが入ることがあるから、検査を受けるのはやめたほうが良い」とアドバイスしてくれた友人もいましたが、赤ちゃんが欲しい一心での挑戦でした。

精神的にも肉体的にも辛い日々でしたが、ついに「おめでとうございます」と医師に言われた瞬間は信じられない気持ちでした。

ところが、長男が育つにつれ、まわりの人たちから「次の子はまだ?コール」が重く圧し掛かってきました。私たちには年子で3人欲しいという希望はあったのですが、1年たち2年たっても二人目妊娠の兆候がなく、5年もたつと「一人っ子は可哀想だよ」「なぜ一人っ子なの?」と度々言われるようになりました。年賀状や暑中見舞いにも「次の子はまだですか?」と書かれた物が多く、実は大きなプレッシャーでした。みなさん気軽な挨拶代わりでしょうし、一人生んでいるから二人目が出来ないなんて、もちろん思いもしないのですよね。

幸い8年後に、再度の不妊治療で次男を授かりましたが、翌年には3人目を亡くしてしまい、以降は医師に出産を諦める様に諭されてしまいました。

私たちが二人の息子を得られたことは未だに夢のようです。だから、今も不妊治療で辛い思いをしている人が多いことは悲しいです。不妊治療を受けるためには、時間も制約されるので仕事を続けられなくなる人も多いそうです。せめて不妊治療に保険が適用されれば、どれだけ助かることでしょうか。

私は自分が苦しんだ経験から、「赤ちゃんはまだ?」と誰かに聞くことはありません。

医師が私の病気を心配して、出産を止めた時、私を信じ生ませてくれた主人と、両方の親たちに感謝しています。

 

2007/12/29 土曜日

海渡、8才の誕生日

Filed under: 動物 — yumi-sensei @ 17:20:08

「先生んちの子、大きいんですってね?」

ロングダックスの海渡(カイト)は、確かに太ってはいますが、骨格も立派。院長にはミニチュアならぬミディアムダックスと評されています!?。カイトは獣医大学の先輩宅から、千葉の海を渡って我が家にやって来ました。だから「海渡」。小さいカイトを膝に乗せ、「絶対に幸せにするからね。仲良く楽しくやっていこうね」と話しかけた日から、もう8年近くがたったのです。

初めはやんちゃだったカイトも、院長が基礎的な躾をしてくれたので、とてもいい子に育ちました。人でも動物でも、とにかく赤ちゃんが大好きです。人工哺乳が必要な子が来ると、自分の出番だと思い、ワクワク待ち構えています。オスですが、まるで母犬のように完璧に世話を手伝ってくれます。どんな動物とも仲良くなれる子です。優しくて面倒見が良くて、芸達者なカイトですが、やっぱりちょっとメタボかも。

次男と一番気が合うらしく、家ではたいてい二人でくっついています。次男が親に叱られると必死でかばうくせに、私と主人が言い合いになると、サーっとハウスに逃げて行くのが不思議です。まさに犬も喰わない!?

カイトはホームページにも写真で登場していますが、私たちと一緒に毎日出勤していますので、ぜひ会いに来て下さいね。

 

 

 

2007/12/28 金曜日

魔法の手

Filed under: 学び — yumi-sensei @ 9:00:00

「院長、壊れちゃった」「電球切れました」「院長、これ動きません」「これが取れちゃったみたいです」

今日も院長は大忙し。困った時の院長頼みの声がかかります。彼は手先が器用で、機械にめっぽう強いので、たいていの物は修理可能。大助かりです。院長は魔法の手を持っていると思っています。

家では院長のスイッチは、ほとんどオフの状態。何もしてくれないけど、側にいてくれるだけで何だか安心。もしもの時の夫頼みです。

 私は、がさつで不器用なので、手先が器用な人を見ると、心から感心し尊敬します。病院の待合室や診察室は、そんな器用な方々の作品がたくさん飾られ、私たちを応援してくれています。

「そんな手で、よく小さい動物を触ったり、細かい手術をしたり出来るなあ」と院長に不思議がられる私ですが、動物に関することでは、私も院長に負けない手力を発揮します。どんなに疲れていても、全身が激痛でも、熱やめまいがあっても、白衣を着ていると、なぜかシャン!と出来るのです。絶対に動物たちの魔法の手のお陰です。

さきほど院長は、次男を連れて今年最後の町内会の夜回りに出かけていきました。遠くで「火の用心」の声が聞こえてきます。いよいよ年の瀬ですね。

 

 

 

2007/12/27 木曜日

今日は命日

Filed under: 動物 — yumi-sensei @ 23:30:23

最愛の猫みゃうが虹の橋を渡って、8年が経ちました。21年半の長い時間を一緒に過ごしました。青森県の獣医大学時代に、アパートのドアを開けて掃除をしていたら、「ただいま」って感じで自分から部屋に入って来た茶トラの若いメス猫。先住犬のコロコロを恐れることもなく、まるで私と出会うことが最初から決まっていたかのような、不思議な瞬間でした。コロコロとも、そう、今日まで出会ったすべての動物たちとも、同じ数だけ出会いのストーリーがあります。みなさんも同じでしょ?

みゃうは人間なら100歳を越えていました。静かに、本当に静かに息を引き取りました。普段は大きな声を出さないルークが異変を感じ、大声で知らせてくれなかったら、私は気づかずに夕飯の支度を続けていたでしょう。ルークはソファーに寝かしたみゃうに添い寝をしながら、必死で私を呼んでくれました。大急ぎで駆け寄り抱きしめると、私の手をぎゅっと握って、ふた呼吸してから静かに息を止めました。一晩一緒に眠りました。出会ってから看取る日まで、私はあの子に最大級の愛情を注ぎ、いつもできる限りのことをしてきたので、何も悔いはありません。でも、もし胸の中で逝かせることが出来なかったら、私は今も自分を責め続けていたでしょう。まだ幼かったルークにそうさせたのは、みゃう自身だと私は感じているのです。

みゃうは亡くなる前日、不思議な行動をしました。いつも私にだけする挨拶を、家族全員に長い時間してまわったのです。それは私にも覚悟を促すものでした。特にルークには特別に長く話をしていた様で、みゃうが亡くなった頃から、ルークは劇的に変わりました。私以外の人間は寄せ付けない、みゃうそっくりの超ママっ子になったのです。多分、泣き虫の私を置いて逝くのが心配だったので、ルークに自分の役目をバトンタッチしたのでしょう。

主人が「みゃうのことを無理して忘れる必要はないよ。でも亡くなったことばかり考えるのではなく、楽しかったことをたくさん思い出してあげて」と言ってくれました。いつか、あの子がいない淋しさにもう少し慣れたなら、奇跡的なお話の数々を聞いて下さいね。

今日は主人とお墓参りに行きました。みゃうと他の子たちの遺骨を抱きしめ、明日も頑張ることを誓いました。

2007/12/26 水曜日

味付けのコラボ

Filed under: グルメ — yumi-sensei @ 23:55:38

家庭を預かる主婦にとって、毎日の家事、なかでも料理は大変な労働です。美味しいことは当たり前、栄養のバランスがとれていて、メニューに変化があって、見た目も綺麗で、経済的で、しかも品数も必要。これが日に三度、エンドレスに続くのだから、やっぱり主婦はスゴイ!!

実は私が中学生の時に、あまりにグウタラな姿を見兼ねた母に、「あなたは絶対に結婚できない」と断言されました。その後、必要に迫られた私は、華麗に?変貌を遂げ、日々台所に立ち、家族のお弁当も毎日作り、気づけば今年の秋に銀婚式を迎えました。人間、頑張れるものですね。ただし、もしも私が一人暮らしになったら、グウタラ生活に逆戻りだと思いますけどネ。

私は川崎生まれの東北人ですが、主人は四国の徳島出身。 食材も味つけも調理方法も調味料も、実にまったく違います。食べ物の好みの差が離婚問題に発展した話を時々耳にしますが、幸い二人に共通していたのは、「美味しいものが好き」っていうこと。そこで、結婚を意識した時から、義祖母と義母と自分の舌に教わった徳島風の料理を基本にし、その中に東北風の美味しいものを少しづつ入れていきました。まさに味付けのコラボ。地方の垣根を越えた我が家の味が増えていきました。

もうすぐお正月ですが、我が家は日替わりで、徳島風の白味噌のお雑煮と、東北風の鶏だし醤油のお雑煮を食べます。どちらも懐かしい味で、すごく得した気分です。 

もう一つ大切なこと。我が家は子供メニューは主人が留守の日だけ。普段は主人のために料理をします。すると、子供の好き嫌いも少なくなるし、父親は家庭内では特別な存在であると、自然と認知出来ると思ったからです。

結婚前にある人から、「旦那さんをご飯で釣っておくのが、夫婦円満の秘訣」だと知恵を授かりました。「美味しい食事が待っていると思うと、たとえ出かけに喧嘩をしても、必ずまっすぐ帰宅し、食卓を囲めば、いつの間にか仲直りが出来る。何故なら怒りながら食事をする人はいないから」と。

我が家はとにかく食べることが大好き。なので、みんな太りすぎ注意報発令中。主人曰く「お前が飼うと、みんな太る。動物も、俺たちも、みんな太る。」あらら、いつから貴方を飼いましたっけ? 来年は一家そろってダイエット生活を宣言します。 半年後をお楽しみに!?

2007/12/25 火曜日

母とクリスマス・パーティ

Filed under: 生活 — yumi-sensei @ 14:00:38

みなさんは、どんなクリスマスを過ごしましたか?クリスマスの日には、不思議と小さい頃の思い出が蘇えってきますね。

今年のイブも、母の家でパーティを開きました。チキンとケーキと、いくつかのご馳走と、ちょっぴりのお酒。母宅の動物たちを代わる代わる膝に乗せながら、お腹いっぱい食べました。獣医大学の近くで、猫二匹とラブラブな一人暮らしをしている長男も、この日のために帰省してくれました。母も喜んでくれたかな?

私が子供の頃は、父の会社の社員さんたちが、住み込みで働いていたので、いつもにぎやかな大家族でした。父が亡くなり、家族が一人づつ減って行き、私の姪と同居を始めた最近まで、母は一人暮らしをしていました。近くに住んでいるのに、私はあまり顔も出せず、たいした親孝行も出来ないでいますが、心の中ではとっても感謝しています。

子供のころから、たくさんの動物たちと生活していました。お小遣いをもらう度にペットショップに走り、部屋を小さな生き物だらけにしても、叱られることはありませんでした。捨てられていた犬猫を見つけると、必ず家に連れ帰りましたが、「捨てて来なさい」なんて言われたこともありませんでした。登校途中に保護し、急いで家に戻っては母の膝に乗せ、「帰るまで頼みます!」とやるのが常套手段でした。動物が大好きな母は、一度抱かせてしまえば手放せなくなると、子供心に知っていたからです。

いくら動物好き家族とは言え、すでにびっくりする数の仲間がいたので、すべての子を迎え入れることは不可能です。学校から戻ると、いなくなっていた子もいました。泣きながら母に所在を尋ねると、「猫のお母さんが迎えに来た」とか「犬の里親がみつかった」とか、優しい嘘をついてくれました。本当はどうだったのか、怖くて今も聞けませんが、母が悲しい真実を告げなかったから、今の自分がいるのです。改めて有りがたく思っています。まさに動物漬けの子供時代が、今の私の原点なのです。

私も子供の個性を大切にしたいと思っています。好きこそ物の・・・・。息子たちはどんな人生を歩むのでしょうか。早く子供に独り立ちをさせることが、親の務め。羽ばたく日を楽しみにしています。

母は腰椎を手術し、杖をついていますが、リハビリと入浴のためにジムに通い、水中エアロビとウォーキングをしています。絵文字付きで携帯メールもくれます。20年前に亡くなった父を、今も愛し続け、仏壇に花とタバコと食べ物を欠かしません。世話と介護の人生だったと語る母が、これからは自分のための人生を送ってくれたらと願っています。

 

 

 

 

 

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